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まちのね浜甲子園ブログ

忘れては行けない。1.17

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2020年1月17日 阪神・淡路大震災から25年が経ちました。

メディア等で報道されてます通り、多くの方が震災を知らない人が増えていき、私自身の子どもももちろん知りません。

震災を知らない世代の方に、どう我々が伝えていくべきなのか、毎年考えてながら、当時を思い出しています。

当時私は5歳。西宮市内に住んでいました。

5歳でも鮮明に覚えている、ドン!と大きな縦揺れ。そのあとに長く続く横揺れ。地球がグワングワンと回ってるんじゃないかと思わせる感じたことのない感覚でした。

朝方でしたので、母はお弁当を作るためキッチンで料理中。

私と父はまだ睡眠中に起こりました。

揺れと同時に、父は私の上に被さり私を守り、父の上には大きなタンスが倒れていました。

母は冷静にコンロの火は止めて、熱帯魚の水槽を必死に抑えていたそうです。

揺れが収まった後、家族みんなで「大丈夫?聞こえる?」と声を掛け合いました。

幸いにも、全員無事でした。

すぐにライフラインが全て使えないことを知り、連絡手段も当時は携帯電話より固定電話が主流。親族に連絡すらできない状況でした。

情報収拾に家の外に出ると近所の方みんな出て来て「大丈夫だった?」「◯◯さんは?見かけた?」などもう町のみんなが慌ただしく人探しをしていました。

無事を確認すると涙を浮かべて喜ぶ。町中あちこちで、いろんな意味で涙を流す人、抱き合う人。そんな光景が私の目に焼き付いています。

もし今、あの様な震災が起きたら・・・

あの時守ってくれた両親の様に子どもを守れるのか。

不安になる事ももちろんあります。

しかしそんな時こそ力を合わせたいのが、今築きあげていっている「横のつながり」です。

あの時。近所の方が必死になって安否確認をしてくれた事。たくさんの情報をくれた事。

本当に感謝してるからこそ、今我々が「横のつながり」を作っている本当の理由なのかなと思っています。

我が家も1・17の日、子どもたちに、私が経験した当時のことを話しました。

今息子は5歳。当時の私と同じ年齢。こんなに小さいのにこんなにも覚えてるんだ。と思い、細かく話し、それを聞いた息子は「ママ怖かったね」「えらいね」と言いました。

息子はもう震災は怖くて二度と経験したくないほどのものだと言う事は理解し、「地震とか起こらない様にするにはどうしたらいいの?」と聞いてきたので、「災害はどうしても起こっちゃうんだ。だから起こった時どうするのか一緒に練習しようね」と頭を隠す行動など一緒に確認しました。

少なからず、自分の子どもたちには私の言葉でだけど、震災のことを伝えれたのでかないかなと感じています。

まずは家族から、ぜひ震災について話してみてください。

少しですが、心の防災になりますよ。

このような日を大切に・・

スタッフ 井川